大判例

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浦和地方裁判所 昭和62年(ワ)1472号 判決

原告

幣原廣

右訴訟代理人弁護士

神山祐輔

木村壮

大久保和明

内田雅敏

柳沼八郎

冨永敏文

牧野丘

伊藤明生

高野隆

中山福二

石川博光

新穂正俊

阿部裕行

松下裕典

竹之内明

石河秀夫

加村啓二

小林美智子

外四五名

被告

右代表者法務大臣

田原隆

右指定代理人

梅津和宏

外八名

主文

一  被告は、原告に対し、金二〇万円及びこれに対する昭和六二年五月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。但し、被告が金一〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実及び理由

第一原告の請求の趣旨

被告は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和六二年五月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

(以下、証拠によって認定した事実は、当該事実の末尾に括弧書でその事実の認定に供した証拠を引用する。証拠を引用していない事実は、当事者間に争いのない事実である。)

一当事者・関係人

1  原告は、第二東京弁護士会所属の弁護士であり、被疑者Y(以下「被疑者」という。)に係る窃盗被疑事件(以下「本件窃盗被疑事件」という。)の弁護人であった者で、昭和六二年五月一一日当時は本件被疑者の依頼により同人の弁護人となろうとする者の地位にあった者である。

2  訴外検察官K(以下「K検事」という。)は、右当時、浦和地方検察庁検事として、被告の公権力の行使に当る公務員であり、その職務として、本件窃盗被疑事件の捜査及び被疑者勾留の職務を遂行していた。

二事実経過

1  接見拒否に至る経緯

(一) 本件被疑者は、昭和六二年五月七日午後零時二〇分頃、本件窃盗被疑事件の被疑者として埼玉県警上尾警察署司法警察員に通常逮捕され、同警察署司法警察員は、同月九日、右被疑事件を浦和地方検察庁検察官に送致した。

(二) 本件窃盗被疑事件の送致を受けた浦和地方検察庁の主任検察官であるK検事が、同日、浦和簡易裁判所裁判官に対し、本件被疑者について勾留請求及び接見禁止決定請求をしたところ、同日勾留状が発付されるとともに接見禁止決定がなされた。本件被疑者は、同日、右勾留の裁判の執行を受け、代用監獄である埼玉県警大宮西警察署留置場に勾留された。

(三) K検事は、同日、本件被疑者に関する左記内容の指定書を作成し、その謄本を大宮西警察署長及び本件被疑者に交付した(以下、右指定書を「本件一般的指定書」といい、右指定書の中で別に発すべき指定書として記載されている指定書を「具体的指定書」という。)。

接見等に関する指定書

被疑者 Y

捜査のため必要があるので、右の者と、弁護人又は弁護人を選任することのできる者の依頼により弁護人になろうとする者との接見又は書類若しくは物(ただし、糧食、衣類及び日用品を除く。)の授受に関し、その日時、場所及び時間を別に発すべき指定書のとおり指定する。

昭和六二年五月九日

浦和地方検察庁

検察官 検事 K

((三)全体につき、〈書証番号略〉、K証言)

(四) K検事が、裁判官に接見禁止決定請求をし、その決定後本件一般的指定書を作成、交付したのは、次のような事情による。

(1) 本件窃盗被疑事件は、昭和六二年三月五日に栃木県内の被害者の自宅において日本刀三振りを窃取したという事案であり、右被害品の一部を売却処分した賍物牙保被疑事件の被疑者として逮捕・勾留された訴外Y2(本件被疑者の実弟。以下「Y2」という。)の供述等により、本件被疑者が本件窃盗被疑事件の被疑者として逮捕されるに至った。(〈書証番号略〉、K証言)

(2) 本件被疑者は、逮捕された当初から本件窃盗被疑事実を認めていたものの、犯行は岩田某なる人物との共謀によるもので実行行為は岩田某が行った旨供述していた。他方、K検事は、それまでの捜査から、Y2が共犯者である可能性が強いと考えるとともに、本件の背後に存在する可能性がある故買グループ等と本件被疑者が通謀して罪証隠滅行為をするおそれがあると考えた。(〈書証番号略〉、K証言)

(3) そこで、K検事は、裁判官に対し接見禁止の請求をするとともに、本件被疑者について連日継続的に取調べを実施する必要があることが予想され、かつ、同被疑者が弁護人らとの接見を利用して関係者と通謀して罪証隠滅行為をするおそれがあると考えたことから、具体的な捜査状況いかんによっては接見指定の必要な場合があると考えて一般的指定書を作成、交付した。(K証言)

2  接見拒否

(一) 原告は、同月七日午後、上尾警察署から、本件被疑者を逮捕したこと及び同被疑者が原告に接見に来て欲しいと言っていることの電話連絡を受けた。(原告本人尋問の結果)

(二) 原告は、同月一一日正午前頃、大宮西警察署に電話をして、本件被疑者が在監しているか否かを照会した。これに対し、留置管理係長N警部補(以下「N警部補」という。)は、本件被疑者が在監しており取調べ等の予定はない旨回答するとともに、接見禁止の決定があることを告げた。(〈書証番号略〉、原告本人尋問の結果)

(三) 原告は、同日午後四時頃、本件被疑者に接見する目的で大宮西警察署に赴き、N警部補に対し、本件被疑者が在監しており取調べ等を受けていないことを確かめた上、接見したい旨申し入れたが、N警部補は、接見禁止になっているので、検察官の発する具体的指定書を持参しない限り会わせることはできないと回答した。

これに対し、原告は、接見禁止は弁護人又は弁護人となろうとする者の接見交通権とは無関係であるし、在監しているのだから直ちに会わせてもらいたい旨申し述べたが、N警部補は、検事から一般的指定書が発せられているので、接見は検事の発する具体的指定書を持参しない限り認められないと述べて接見を拒否した。

そこで、原告は検事に連絡をすることを求め、N警部補はこれに応じて指示を求めるためK検事に電話をした。

((三)全体につき、原告本人尋問の結果)

(四) N警部補からの電話連絡を受けたK検事は、同警部補に、本件被疑者の取調べが行われておらず、同人が在監中であることを確認した。

しかし、本件被疑者が同日午前の司法警察員の取調べの際、本件窃盗被疑事件が自己の単独犯行であると供述を変えるに至っており、翌一二日に同検事が本件被疑者を取調べる予定になっていたこと及び原告が同月七日にY2の弁護人になろうとする者として勾留中の同人と接見したことの情報を事前に得ていたことから、同検事は、原告を通じて本件被疑者とY2がお互いの供述状況を知って口裏を合わせることをおそれ、できれば自分が取調べをしてから原告に接見させたいと考えた。(〈書証番号略〉、K証言)

(五) その後、午後四時五分頃から四時二五分頃に至るまで、原告とK検事の間で、電話により概ね次の内容の会話が交わされた。

原告「被疑者は在監しており取調べ等全くしておらず、直ちに接見することが可能な状態であるから、直ちに接見したい。」

K検事「このように接見禁止となっている件は全て指定書を検察庁まで取りに来てもらい警察署まで持参してもらうということでお願いしている。」

原告「接見禁止は弁護人又は弁護人となろうとする者の接見交通権とは無関係だ。それに取調べ等全くしておらず、指定の要件は全くないので、指定できないのであるから指定書など問題とならない。」

K検事「接見をめぐる過誤を防止するため、指定書を持参していただきたい。今から接見ということであれば時間帯を考慮して指定書を準備する。」

原告「あなたの言っているのは指定の方式の問題であり、そもそも本件では指定の要件が全くないのだから、指定できないのではないか。指定の要件の問題はどのように考えているのか。最高裁の判例もあるではないか。」

K検事「とにかく指定書を取りに来てもらいたい。」

原告「指定書を持参しない以上接見させないということだと受け取る。」

以上の会話でK検事が具体的指定書の持参を要求するので、原告はとにかく接見させるようにK検事に要求し、受話器をN警部補に渡した。

同警部補とK検事が電話でしばらく話をした後電話は切られた。

((五)全体につき、K証言、原告本人尋問の結果)

(六) その後、原告は、再度同警部補に対し、接見させるよう求めたが、検事の許可がないとの理由で拒否されたので、同日午後四時三五分頃、大宮西警察署を出た。(原告本人尋問の結果)

3  接見拒否後の状況

(一) 原告は、同日、浦和地方裁判所に、右接見拒否に対する準抗告の申立をした後、東京都港区西新橋所在の事務所に戻った。(〈書証番号略〉、原告本人尋問の結果)

(二) K検事は、原告との電話を終えた後、再度原告と協議して接見の機会を設けようと考え大宮西警察署に電話をしたが、原告は既に同署を出た後であった。そのため、同日午後五時一五分頃及びそれ以降数度、原告の事務所に電話をかけたが原告が不在であったために連絡がとれなかった。(〈書証番号略〉、K証言)

(三) 事務所に戻った原告は、K検事から再三電話があったことを知り、同日午後九時三〇分頃、同検事に電話をかけた。そこで、同検事は原告に対し、五月一二日午後四時頃であれば接見させると話した。これに対し、原告は、同日は出張するので接見はできない旨及び準抗告を浦和地方裁判所に申し立てた旨答えた。また、同検事は原告に対し、同日以降の接見については、同検事が警察署に具体的指定書を送ることとし、原告に具体的指定書の持参を求めることはないと伝えた。(K証言、原告本人尋問の結果)

(四) 原告の右準抗告は、同月一三日、一般的指定書の発付については、刑事訴訟法四三〇条にいう同法三九条三項の処分があったとみることはできないこと、K検事は接見を拒否したと認められるが、接見拒否処分は同月一一日午後九時三〇分頃の電話で取り消されたと認められることを理由として棄却された。(〈書証番号略〉)

(五) 原告は、同年五月一三日午後四時五五分から五時一五分まで本件被疑者と接見し、同日、同人の弁護人に選任された。その際、原告は具体的指定書の持参を要求されず、その後の接見の際も同様であった。(K証言、原告本人尋問の結果)

三主要な争点及びこれについての当事者の主張

本件は、K検事による一般的指定書の作成、交付及び昭和六二年五月一一日の接見拒否行為が、原告の接見交通権を侵害するものであるとして、国家賠償法一条一項に基づき、慰謝料及び遅延損害金の支払いを求めている事案であり、その主要な争点はK検事による右各行為の違法性、同検事の故意又は過失及び原告の損害の各存否である。

主要な争点についての原告の主張の要旨は別紙一記載のとおりであり、被告の主張の要旨は別紙二記載のとおりである。

第三主要な争点に対する判断

一総論(刑事訴訟法三九条三項について)

1  刑事訴訟法三九条三項の解釈

弁護人又は弁護人を選任することのできる者の依頼により弁護人となろうとする者(以下「弁護人等」という。)と被疑者との接見交通権は、身体を拘束された被疑者が弁護人の援助を受けることができるための刑事手続上最も重要な基本的権利に属するものであるとともに、弁護人からいえばその固有権の最も重要なものの一つであり、これらは憲法三四条前段の保障に由来するものである。

この観点からすれば、刑事訴訟法三九条三項の規定による捜査機関のする接見又は書類若しくは物の授受の日時、場所及び時間の指定は、弁護人等から接見等の申出を受けた時に、捜査機関が現に被疑者を取調べ中であるとか、実況見分、検証等に立ち会わせている等捜査中断による支障が顕著な場合に、時間的に制約のある被疑者の身柄拘束中の捜査機関の捜査権と接見交通権を含む被疑者の防御の準備をする権利との時間的調整を図るために認められたものであると解するのが相当である。このように捜査機関による接見等の日時等の指定は、あくまでも必要やむを得ない例外的措置であって、右指定が被疑者の防御の準備を不当に制限するものであってならないことは当然である。従って、捜査中断による支障が顕著な場合であっても、被疑者の防御の準備のための接見の必要性が高度である場合には、捜査機関による指定権行使が許されない場合もあり得ると解される。

2  刑事訴訟法三九条三項と憲法の関係

原告は、捜査の必要を理由とする接見交通権の制限を認めた刑事訴訟法三九条三項は、それ自体が接見交通権を保障する憲法三四条前段等に反するものであって無効であると主張するので、この点について検討する。

憲法三四条前段は、身柄を拘束された被疑者(及び被告人)の弁護人依頼権を保障しており、この被疑者と弁護人等の接見交通権が、憲法上の保障に由来する極めて重要な権利であることは前述のとおりである。

しかし、このことから、接見交通権が全く無制約のものであることが当然に導かれるものではない。憲法は他方で、三一条ないし四〇条で被疑者等の権利を規定していることの当然の前提として、社会秩序維持のための国家の刑罰権と刑罰権行使のための捜査権を認めていることが明らかである。そして、接見交通権と捜査権とは、ともに極めて重要な権利であって、一方が他方に対して当然に優越するものではないと言うべきである。

ところで、弁護人依頼行為そのものとは異なり、接見は一定の時間的幅を要するものであり、ここから接見交通権と捜査権との時間的調整の問題が生ずることとなる。このように時間的調整の必要が生じた場合に、相対立し、しかもともに極めて重要な権利であって、一方のみを重視し、他方を軽視することのできない二つの権利をどのように調整するかは、右憲法の規定から一義的に定まるものではなく、従って、捜査機関の捜査権との調整のため、接見交通権につき、やむを得ない必要最小限度の制限を設定することも憲法上許容されると解される。もちろん右制限が接見交通権を不当に制限するものであってはならないことは言うまでもない。

この観点から刑事訴訟法三九条三項を検討するに、同項にいう「捜査のため必要があるとき」については、前述のように捜査機関が現に被疑者を取調べ中であるとか、実況見分、検証等に立ち会わせている等捜査中断による支障が顕著な場合を意味すると限定的に解釈することが可能であるところ、このような場合において、同項但し書は更に「その指定は、被疑者が防御の準備をする権利を不当に制限するようなものであってはならない」と限定を付しているのである。そうしてみると、同項の規定する接見交通権の制限は、やむを得ない必要最小限度の制限として憲法の許容するところであると解される。

また、同項は捜査のため必要があるか否かを第一次的に捜査機関に判断させているが、このことは、判断の対象となる事項についての情報を捜査機関が最も多く有していると考えられること及び迅速な判断を要する事項であることから、やむを得ないところである。そして、刑事訴訟法は捜査機関による不当な指定権の行使に対しては、裁判所に対して準抗告を申し立てることができることとして接見交通権の保護を図っているところである(同法四三〇条)。

以上述べてきたところによれば、刑事訴訟法三九条三項は、接見交通権に対するやむを得ない必要最小限度の制限を定めたものであって、憲法に反するものではないと解するのが相当である。

3  刑事訴訟法三九条三項と国際人権規約の関係

原告はまた、刑事訴訟法三九条三項は、被疑者等が弁護人と連絡し、弁護人を通じて防御する権利を保障した「市民的及び政治的権利に関する国際規約」一四条三項(b)、(d)に反するものであって無効であると主張するが、これらも右2と同様の理由により、接見交通権と捜査機関の捜査権との時間的調整を図るために、被疑者の防御の準備をする権利を不当に制限するようなものであってはならないという限定を付した上で捜査機関に接見等の日時等を指定する権限を与えることを禁じているとまでは解されない。

二K検事の行為の違法性について

1  一般的指定書の作成、交付の違法性について

(一) K証言及び弁論の全趣旨によれば、昭和六二年五月当時、浦和地方検察庁においては、刑事訴訟法三九条三項に基づく指定権の行使が予測される事件について、指定権を円滑かつ確実に行うことを目的として、昭和三七年九月一日付法務大臣訓令「事件事務規程」二八条に基づき、指定権者が一般的指定書を作成し、その謄本を監獄の長等に交付して、当該事件についていわゆる具体的指定がなされることのあることを予め通知する取扱がなされており、K検事もこの取扱に従っていたものであることが認められる。

一般的指定書は、これが監獄(代用監獄を含む。以下同じ。)の長に交付される限りにおいては捜査機関の内部的な事務連絡文書であると考えられるから、その作成、交付自体は、原則として、弁護人である原告又は被疑者に対し法的な効果を及ぼすことはなく、違法の問題を生ずるものではないと解せられよう。

(二) しかし、一般的指定書が作成、交付されたならば、捜査機関による接見指定の要件の存否にかかわらず、弁護人等が具体的指定書を持参しないかぎり被疑者と接見等することができなくなるという形で運用されているような場合には、一般的指定書自体が内部的な連絡文書に止まるか否かにかかわらず、捜査機関による接見指定の要件がなければ本来自由であり、また、右接見指定の要件があるときでも捜査中断による支障が顕著な場合に限り指定権の行使による接見の制限を受けるに過ぎない弁護人等と被疑者との接見交通が、一般的指定書の作成、交付によって、常に具体的指定書の交付を受けた上これを持参しない限り接見交通できないという制約が課せられる効果を生ずるに至るのであるから、その作成、交付自体を違法と解さざるを得ない。

(三) そこで、本件における一般的指定書の交付先及びその作成、交付時の運用について検討する。

(1) まず、本件一般的指定書の交付先についてみる。

K証言及び弁論の全趣旨によれば、当時、浦和地方検察庁では、一般的指定書を作成した場合には、その謄本を、監獄の長のみにではなく、被疑者にも、また弁護人が選任された場合には同人にも、それぞれ交付する取扱になっていたことが認められる。本件一般的指定書の謄本も本件被疑者に交付されていたものであることは、既に認定したとおりである。

そして、右指定書のように、「接見等に関する指定書」との表題のもので、「別に発すべき指定書のとおり指定する」という、書面による具体的指定を一義的に予定しているような文言で、かつ名宛人の記載のない文書が被疑者及び弁護人に交付された場合には、交付を受けた者は「別に発せられた指定書」がない限り接見できないものと考えるのが通常であるから、この点で既に本件一般的指定書は、単なる捜査機関の内部的な事務連絡文書にとどまるものとは解し難い。

(2) 次に、五月一一日の原告の接見申込み時の捜査機関の対応について検討する。

ア ①原告が大宮西警察署に赴きN警部補に対し接見したい旨申し入れたが、N警部補は検事から一般的指定書が発せられているので、接見は検事の発する具体的指定書を持参しない限り認められないと述べて接見を拒否したこと及び②K検事も、接見禁止となっている件は全て指定書を検察庁まで取りに来てもらい警察署まで持参してもらうということでお願いしているから、とにかく指定書を取りに来てもらいたいと述べて具体的指定書の持参を要求し、接見を拒否したことは既に認定したところである。

N警部補及びK検事の右対応は、接見禁止となり一般的指定書が作成、交付されている事案では、接見指定の要件の有無にかかわらず検事の発する具体的指定書を持参しない限り接見させないというものであり、右事実に照らせば、K検事ら本件被疑事件の捜査機関は、本件一般的指定書作成、交付当時、一般的指定書が作成、交付されたときは、捜査機関による接見指定の要件の有無にかかわらず、弁護人が具体的指定書を持参しない限り被疑者と接見等することができなくなるとの運用をしていたと言わざるを得ない。そうしてみれば、本件一般的指定書の作成、交付は、被疑者と弁護人の自由な接見を制限する意味を持っていたと解せられよう。

イ この点につきK検事は、一般的指定書を作成、交付している場合であっても、接見指定の要件がない場合には具体的指定書の持参を要求しない旨証言しているが、実際には接見指定の要件がなかったという事案はなく常に具体的指定をしていたとも証言しており、前者の証言から、本件一般的指定書の作成、交付が、被疑者と弁護人の自由な接見を制限する意味を持っていたことを否定することはできない。

もっとも、K検事は、一一日午後九時三〇分頃の電話で原告に対し、一二日以降の接見については、同検事が警察署に具体的指定書を送ることとし、原告に具体的指定書の持参を求めることはないと伝えて柔軟な姿勢を示しているが、これは、同日の接見拒否に対し準抗告を申し立てる等の原告の強い姿勢を見ての対応であるとも考えられ、また、原告に交付はしなかったものの、具体的指定書による指定をする取扱い自体を変えたわけではない。そうすると右K検事の対応は、本件一般的指定書の作成、交付の運用についての前記アの認定、判断を左右するに足りるものではない。

(四) 右(三)によれば、本件一般的指定書は、捜査機関の内部的な事務連絡文書に止まらず、その作成、交付自体によって弁護人等と被疑者との自由な接見を制限する効果を生じさせたものと言う他はないから、その作成、交付は刑事訴訟法三九条に反し違法であると解するのが相当である。

(五) なお、最高裁判所第二小法廷平成三年五月三一日判決(判例時報一三九〇号三三頁)は、「本件の一般的指定の適否に関して、原審が捜査機関の内部的な事務連絡文書であると解して、それ自体は弁護人である上告人又は被疑者に対して何ら法的な効力を与えるものではなく、違法ではないとした判断は、正当として是認することができる。」と判示しているが、右は、一般的指定書の謄本を被疑者等に渡さず、また一般的指定書の作成、交付によって接見を妨害する印象を与えないよう配慮するようにする等の指導が行われていた事案に関するものであって、本件とは事案を異にする。

2  昭和六二年五月一一日の接見拒否行為の違法性について

(一) 原告が接見の申出をした昭和六二年五月一一日午後四時当時、捜査機関が現に本件被疑者を取調べ中であるとか、実況見分、検証等に立ち会わせている等の事情はなかったこと、K検事が直ちに接見させなかったのは、原告を通じて本件被疑者とY2がお互いの供述状況を知って口裏を合わせることをおそれ、できれば自分が取調べをしてから原告に接見させたいという罪証隠滅の防止の目的によるものであることは、既に判示したところである。

(二) そして、前記のとおり、刑事訴訟法三九条三項の規定により捜査機関が接見等の日時等を指定できるのは、弁護人等から接見等の申出を受けた時に、捜査機関が現に被疑者を取調べ中であるとか、実況見分、検証等に立ち合わせている等捜査中断による支障が顕著な場合に限られるのであって、その限度を越えて罪証隠滅の防止の目的で指定権を行使することは許されないものと言わなければならない。

(三) そうだとすれば、昭和六二年五月一一日午後四時当時は接見指定の要件は存在しなかったと言わざるを得ない。従って、K検事は、速やかに接見をさせなければならなかったにもかかわらず、具体的指定書の持参を要求して接見を拒否し、本来自由であるべき原告と本件被疑者の接見を妨害したものであって違法である。

3  国家賠償法一条一項の違法性の判断基準

なお、被告は、国家賠償法一条一項にいう違法とは、他人に損害を加えることが法の許容するところであるかどうかという見地からする行為規範であって、この行為規範性は処分ないし法的行為の効力発生要件とは性質を異にするものであるから、検察官の接見指定に関する行為が国家賠償法上違法とされるためには、刑事訴訟法三九条三項に違背するだけでは足りず、接見指定権の行使が著しく合理性を欠くことが明らかであること、換言すれば、通常の検察官であれば、当時の状況下における判断として何人も当該行為には出なかったであろうと認めるに足りる事情があることが必要であると主張するので、この点について判断する。

国家賠償法一条一項にいう違法とは、他人に損害を加えることが法の許容するところであるかどうかという見地からする行為規範であって、この行為規範性は処分ないし法的行為の効力発生要件とは性質を異にするものであることは被告主張のとおりである。しかしながら、接見指定権の行使の要件を定める刑事訴訟法三九条三項は、本来は自由であるべき弁護人等の接見交通権に捜査機関がいかなる場合に制限を加えうるかを定めた規定であるところ、刑事訴訟法三九条三項の違法性は、国家賠償法一条一項の違法性と、関係当事者の点においても、被侵害利益の点でも共通であって、弁護人等の接見交通権はいかなる範囲で捜査権による制限を受忍しなければならないかという判断の基礎においても共通であることを考えると、刑事訴訟法三九条三項は行為規範を定めたものと解するのが相当である。従って、刑事訴訟法三九条三項との関係において違法と判断された以上、国家賠償法一条一項の関係においても、その接見交通権の侵害は法の許容しないところであるというべきである。加えて、検察官に与えられた権限を逸脱した行為の違法性を判断するにあたり、被告の主張するような限定を付して解釈することは必ずしも妥当ではない。

三K検事の故意、過失について

1  一般的指定書の作成、交付の故意、過失について

(一) 捜査機関による接見指定の要件の有無にかかわらず、弁護人が具体的指定書を持参しない限り被疑者との接見等をすることができなくなるとの運用の下に、一般的指定書を作成、交付することが法により許容されないことは明白である。

(二) のみならず、弁論の全趣旨によれば、昭和六二年五月当時は、既に昭和三七年九月一日付法務大臣訓令「事件事務規程」二八条に基づく一般的指定書の作成、交付の違法性が全国的に争われており、これを違法とする下級審の裁判例も多数出ており、最高裁判所昭和五三年七月一〇日第一小法廷判決(民集三二巻五号八二〇頁)も「被疑者と弁護人等との接見をあらかじめ一般的に禁止して許可にかからしめ」た「措置は違法」と判示したこと、本件一般的指定書の作成、交付の約七か月後の昭和六二年一二月二五日には、前記「事件事務規程」二八条が改正され、一般的指定書は「通知する」という文言に改められるとともに、その謄本を被疑者及び弁護人には交付しない取扱となったことが認められる。

(三) 右事実に照らせば、K検事が本件一般的指定書を作成、交付した昭和六二年五月当時は、検察庁の内外で一般的指定書について十分な問題意識が持たれていたものと考えられるから、K検事には一般的指定書の運用にあたり、接見交通権を不当に妨害することがないよう慎重な配慮をする義務があったと認めるのが相当である。

(四) 以上によれば、K検事は、捜査機関による接見指定の要件の有無にかかわらず、弁護人等が具体的指定書を持参しない限り被疑者との接見等をすることができなくなるとの運用の下に、漫然と本件一般的指定書を作成、交付したものであるから、同検事には少なくとも過失があったものと認められる。

2  昭和六二年五月一一日の接見拒否行為の故意、過失について

(一) K証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、刑事訴訟法三九条三項の「捜査のため必要があるとき」の意義については、従前から、被疑者を現に取調中であるとか、検証、実況見分に立ち会わせているときあるいはこれを行う準備をしているときといった、いわば身柄を使って捜査機関が捜査を行いあるいは行おうとしているときに限るとする説(いわゆる限定説)と、罪証隠滅のおそれを含むとする説(いわゆる捜査全般説)とが実務上、学説上対立し、種々の議論がなされていたところ、前掲最高裁判所昭和五三年七月一〇日第一小法廷判決が「捜査機関は、弁護人等から被疑者との接見の申出があったときは、原則として何時でも接見の機会を与えなければならないのであり、現に被疑者を取調中であるとか、実況見分、検証等に立ち会わせる必要がある等捜査の中断による支障が顕著な場合には、弁護人等と協議してできる限り速やかな接見のための日時等を指定し、被疑者が防御のため弁護人と打ち合わせることのできるような措置をとるべきである。」と判示し、その後の下級審判決、決定も、この最高裁判所の判断に沿った判断を示しているが認められる。

(二) ところで、右最高裁判所判決は、前記認定のような各説の対立の中でなされたものであること、捜査の中断による支障が顕著な場合の例示として限定説の内容に沿う事柄を列挙していること等を考えると、捜査の中断による支障が顕著な場合とは、身柄を現に使用して取調べがなされている場合及びこれに準じる場合を指すと考えるのが相当であり、少なくとも捜査全般説のいうような罪証隠滅のおそれは除外する趣旨であると考えるべきである。

(三) そして、右最高裁判所判決の存在、その判示方法、裁判ないし捜査実務において最高裁判所判決の有する意味、その後の下級審判決、決定の動向等に照らせば、右判断は、遅くともK検事が本件の接見拒否行為を行った昭和六二年五月当時には、実務において確定した判断になっていたものと解されるから、捜査実務に携わる者としては、右判断において示された見解に従って接見指定権を行使する義務があったと認めるのが相当である。

(四) K証言及び弁論の全趣旨によれば、捜査機関は右当時にも捜査全般説によって実務を運用していたこと、この説の立場から右最高裁判所判決を説明しようと試みる学説等もあることが認められるけれども、右最高裁判所の判断が示された後において、なおかつ捜査全般説をとることに実務上相当の根拠が存するとは認められないから、捜査全般説に従って接見指定権を行使しようとし、その結果接見指定の要件がないにもかかわらず、原告に具体的指定書の持参を要求して接見を妨害したK検事には、少なくとも過失があったものと認められる。

四原告の損害について

1  原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、弁護士である原告は、K検事の接見妨害行為により、前記認定のとおり接見交通権を侵害され、このため弁護活動を十分に行うことができなかったことについて、多大な精神的苦痛を被るとともに、接見妨害を排除するため準抗告を申し立てるなど本来であれば行う必要のないことに労力を費やしたことが認められる。もっとも、K検事は前述のように、接見を拒否した直後から、原告と本件被疑者との接見の実現のために努力をしたことも認められ、その結果として原告は接見拒否の二日後以降具体的指定書の持参なくして本件被疑者と接見していることも考慮すれば、原告の右精神的苦痛等に対する慰謝料は二〇万円が相当である。

2  なお、被告は、①刑事手続上の機関ともいうべき弁護人が、刑事手続上の権利の行使を妨害されたことから生じた損害の賠償を個人として請求できるいわれはなく、②原告は一般的指定書が作成、交付されていることを知り、また具体的指定書の持参を求めるという検察実務を知りながら、K検事と協議しようとしなかったのであるから、その結果については原告自ら負担すべきものであると主張するので、この点について検討する。

右①のうち、弁護人が一面として刑事手続上の機関ともいうべき立場にあることは被告主張のとおりである。しかし、その機関としての性格は、検察官等の捜査機関に比して格段に弱いものというべきであって、このことは弁護人がなくても公判を開廷できる事件もあること(刑事訴訟法二八九条一項参照)、簡易裁判所等においては弁護士以外の者も弁護人となりうること(刑事訴訟法三一条)及び私選弁護人は被疑者等から依頼を受け同人等から報酬を受けるのであって刑事手続上の機関としての性格よりも私人の代理人としての性格の方が強いとも考えられることなどからも明らかである。そうだとすると、弁護人等の機関としての性格を強調して損害賠償請求権を否定する被告の主張を採用することはできない。

また、右②の主張は、そもそも本件においては一般的指定書の作成、交付自体が違法と評価されるものであり、また、前述のようにK検事に接見指定権が発生しておらず、従って原告は当然に本件被疑者と自由に接見できる場合であったことから採用できない。

第四結論

以上によれば、原告の本訴請求は、被告に対し、慰謝料二〇万円及びこれに対する昭和六二年五月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余は理由がないのでこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官清野寛甫 裁判官田村洋三 裁判官飯島健太郎)

別紙一 (原告の主張の要旨)

一 総論(刑事訴訟法三九条三項について)

1 刑事訴訟法三九条三項の解釈

(一) 刑事訴訟法三九条三項は、後記2及び3のとおり憲法等に違反することにより無効の規定であるが、仮に同条項が合憲であるとしても、同条項は接見交通権を制約する規定ではなく、捜査機関が取調べ、実況見分、検証等を実施して現実に被疑者を立ち会わせている場合など物理的に被疑者の身柄を必要とする場合であっても、なお接見の機会を確保するために、捜査官において中断のための日時、場所、時間を指定して接見保障を実現する規定であると解すべきである。

(二) そして同条項にいう「捜査のため必要があるとき」とは、「被疑者を捜査行為に立ち会わせている場合で、かつ、右捜査の中断による支障が顕著な場合」であり、その要件の充足を前提に、捜査官に接見確保のための時期変更の権限と義務を定めたものと解すべきである。

2 刑事訴訟法三九条三項と憲法の関係

(一) 憲法三四条にいう「弁護人に依頼する権利」とは、単に弁護人を選任することができるということではなく、弁護人による実質的な援助を受ける権利である。

(二) 接見交通権は、憲法が保障する被拘束者の弁護権の内容のうち最も初歩的で基本的な権利である。この権利を「捜査の必要」を理由に捜査官自身が制限するという事態を憲法は予定していない。その理由は次のとおりである。

(1) 身柄を拘束された被疑者の弁護人の役割は、黙秘権をはじめとする被疑者の諸権利の保障を実質的に確保し、捜査官の違法行為を防止し、被疑者の防御権に実体を与えることにある。この目的に奉仕する弁護人の諸活動は、捜査官の捜査活動を制約するものとして憲法上保障されている。この弁護権を「捜査の必要」によって制限することを認めるのは明らかな論理的矛盾である。

(2) 被疑者には黙秘権があるから(憲法三八条一項)、捜査官の出頭要請に応じる義務もないし、取調室に滞在する義務もないし、捜査官の行う実況見分や検証に立ち会う義務もない。そうであるとすれば、取調べや実況見分への立会いを理由として、被疑者と弁護人の接見交通を制限することは許されない。

(3) 憲法三一条以下の規定は、憲法が一般的に保障する生命・自由に対する「公共の福祉」による内在的制約を憲法自体が具体化したものにほかならないのであって、これらの諸規定について「公共の福祉」の名において、法律で例外を設けることは許されない。

(三) 従って、刑事訴訟法三九条三項は違憲・無効の規定である。

3 刑事訴訟法三九条三項と国際人権規約の関係

(一) 「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(以下「B規約」という。)一四条三項(b)、(d)は、捜査・公判を通じて、弁護人依頼権を保障しており、これには身体を拘束された被疑者の弁護人との接見交通権の保障も含まれている。

(二) B規約が保障している諸権利の具体的な意義・内容を明らかにするために重要な意味を持つのが「被拘禁者処遇最低基準規則」93と「あらゆる形態の抑留・拘禁下にある全ての人々を保護するための原則」18であり、これらの規定から明らかに言えることは、身柄を拘束された被疑者は、完全に秘密を保障された弁護人との接見交通権を保障され、この権利は停止されたり制限されたりしないということである。

(三) B規約は、国会において承認され、昭和五四年条約第七号として公布され、同年九月二一日から我が国においても国内法的効力を有するに至った。B規約一四条三項(b)、(d)には自動執行的な効力がある。

B規約は、日本国内において法規範としての効力を有するものであり、しかも、それは刑事訴訟法よりも上位の法規範とされるべきものである。

(四) 従って、刑事訴訟法三九条三項は、B規約一四条三項(b)、(d)に違反することにより無効である。

二 K検事の行為の違法性について

1 一般的指定書の作成、交付の違法性について

(一) 一般的指定書の本文は、「捜査のため必要があるので……弁護人……との接見に関し、その日時、時間及び場所を別に発すべき指定書のとおり指定する」となっており、何ら連絡用文句は存在しない。従って「別に発すべき指定書のとおり指定する」という文言は、文字どおり、「別に発すべき指定書のとおり指定する」ので、それ以外の日時、場所については、弁護人の接見を制限する趣旨の検察官の意思表示と読み取る他はない。

(二) 一般的指定書の作成、交付(一般指定)が行われれば、指定の要件が全くない場合でも、指定権者が判断するまでは接見できず、指定権者が接見させる旨の指示を出して初めて弁護人等と被疑者との接見が可能となる。

(三) 従って、一般的指定書は内部的な連絡文書ではなく、その作成、交付自体が本来自由であるべき弁護人の接見を原則として禁止する処分であって違法である。

2 昭和六二年五月一一日の接見拒否行為の違法性について

昭和六二年五月一一日に原告が大宮西警察署に赴き留置担当官であるN警部補に接見を申し入れた際には、本件被疑者の取調べは行われておらず取調べ予定もなく、在監していたのであるから、いかなる意味においても指定の要件はなかったことは明らかである。

三 K検事の故意、過失について

1 一般的指定書の作成、交付の故意、過失について

一般的指定書の作成、交付による接見拒否が刑事訴訟法三九条等に違反するものであることは明白である。昭和六二年当時、既に多数の準抗告決定例が一般的指定書の作成、交付を刑事訴訟法三九条三項に関する違法な処分として取り消し、学説の大勢も同様に解していたのみならず、最高裁判所第一小法廷昭和五三年七月一〇日判決も、接見を予め一般的に禁止して許可にかからしめ、しかも、弁護人の接見要求に対し速やかに日時の指定をしなかった捜査機関の措置を違法とするなど、右解釈は判例学説上確立していた。

従って、K検事には、本件一般的指定書の作成、交付につき少なくとも過失がある。

2 昭和六二年五月一一日の接見拒否行為の故意、過失について

罪証隠滅のおそれを理由とする接見拒否が許されないことについても、昭和六二年当時、既に判例学説上確立していたところである。

従って、K検事には昭和六二年五月一一日の接見拒否行為につき少なくとも過失がある。

四 原告の損害について

原告は、K検事の違憲違法な接見妨害により、被疑者に接見できず、弁護人となろうとする者にとって極めて重要な権利である接見交通権を侵害され、このため被疑者との信頼関係を含め、弁護活動を十分に行うことができなかったことについて、時間的にも精神的にも多大な損害を被るとともに、接見妨害を排除するため準抗告申立など本来であれば無用のことに全力を傾注しなければならなくなった。原告の被ったこれらの損害は全体として一〇〇万円を下らない。

別紙二(被告の主張の要旨)

一 総論(刑事訴訟法三九条三項について)

1 刑事訴訟法三九条三項の解釈

(一) 刑事訴訟法三九条三項は、接見交通権と捜査の必要との調和を計るための規定である。

(二) そして同条項の「捜査のため必要があるとき」とは、当該事案の性格、内容、背景、当該事案の真相を解明するため必要な捜査の手段、方法、真相解明の難易度、捜査の具体的進展状況、被疑者の供述状況、関係人の捜査機関に対する協力状況、弁護活動の態様等当該事案に係る全ての事情を総合的に判断した場合に、弁護人等と被疑者との接見が無制約に行われるとしたならば、捜査機関が現に実施し、又は今後実施することとなる被疑者、参考人の取調べ、証拠物の捜査押収等の捜査手段との関連で、迅速かつ適正に当該事案の真相を解明することが困難となるとき、即ち、無制約な接見により事案の真相の解明を目的とする捜査の遂行に支障を生ずるおそれが顕著であると認められるときをいうものと解するのが相当である。

2 刑事訴訟法三九条三項と憲法の関係

(一) 捜査機関の接見指定権は、捜査、即ち犯罪の嫌疑がある場合に、公訴の提起、追行のために犯人を探索し、証拠を保全する必要から認められた権限であり、捜査の実施は、国家が本来的に有している刑罰権を実現するために必須の前提となるものであって、憲法も国固有の権限としての刑罰権の存在を踏まえて、同法三一条ないし四〇条の各規定を設けているのである。

(二) これに対し、接見交通権は、憲法三四条によって直接認められた権利ではなく、同条の精神にのっとって刑事訴訟法によって規定された権利である。

(三) 従って、憲法上、接見交通権と捜査権ないし接見指定権のいずれか一方が他方に優先するという関係は見いだし得ない。

3 刑事訴訟法三九条三項と国際人権規約の関係

(一) B規約一四条三項(d)が被告人についての規定であり、被疑者に関する規定ではないことは明らかである。

(二) 刑事訴訟法三九条一項は被疑者らの接見交通権を保障し、同条三項は検察官等が接見等の日時、場所及び時間を指定することができる旨規定しているが、この指定は「捜査のため必要があるとき」のみなし得ることとされているうえ、「被疑者の防御の準備をする権利を不当に制限してはならない」として弁護人との接見交通権に対する配慮をしているのであるから、同法三九条三項はB規約一四条三項(b)に副うものであってこれに反するものとは到底いえない。

(三) 「被拘禁者処遇最低基準規則」及び「あらゆる形態の抑留・拘禁下にある全ての人々を保護するための原則」は国連加盟国に対して何らの法的義務を課すものではないうえ、B規約の解釈基準を定めたものでもない。

(四) B規約に自動執行的な効力はない。

二 K検事の行為の違法性について

1 一般的指定書の作成、交付の違法性について

(一) いわゆる一般指定とは、検察官が刑事訴訟法三九条三項により行う接見指定権を円滑かつ確実に行うため、当該被疑事件について、その必要がある場合、接見指定権を行使する意思があることを監獄の長らに対し予め通知するものにすぎず、被疑者と弁護人等の接見を原則的、一般的に禁止する効力を有するものではなく、このような事務連絡には何ら違法な点が存しない。

(二) この問題は、最高裁判所第二小法廷平成三年五月三一日判決が「本件の一般的指定の適否に関して、原審が捜査機関の内部的な事務連絡文書であると解して、それ自体は弁護人である上告人又は被疑者に対して何ら法的な効力を与えるものではなく、違法ではないとした判断は、正当として是認することができる。」と判示したことにより決着がついている。

2 昭和六二年五月一一日の接見拒否行為の違法性について

(一) 昭和六二年五月一一日当時の諸事情の下において、本件被疑者、Y2両名の弁護人である原告と本件被疑者との接見を無制約に認めると、結果として、Y2の供述内容や、捜査の状況等の情報が本件被疑者に伝わり、これによって、本件被疑者の供述内容等に影響を及ぼし、真相解明を目的とする捜査の効果を減殺、無力化させるおそれが大であった。

(二) 右は、刑事訴訟法三九条三項の「捜査のため必要があるとき」に該当するから、K検事が接見指定権を行使しようとしたことにつき、何ら違法性は存しない。

3 国家賠償法一条一項の違法性の判断基準

国家賠償法一条一項にいう違法とは、他人に損害を加えることが法の許容するところであるかどうかという見地からする行為規範であって、この行為規範性は処分ないし法的行為の効力発生要件とは性質を異にするものであるから、検察官の接見指定に関する行為が国家賠償法上違法とされるためには、刑事訴訟法三九条三項に違背するだけでは足りず、接見指定権の行使が著しく合理性を欠くことが明らかであること、換言すれば、通常の検察官であれば、当時の状況下における判断として何人も当該行為には出なかったであろうと認めるに足りる事情があることが必要である。

三 K検事の故意、過失について

1 国家賠償法一条一項の故意、過失の判断基準

ある事項に関する法律解釈につき異なる見解が対立し、実務上の取扱も分かれていて、そのいずれについても相当の根拠が認められる場合に、公務員がその一方の見解を正当と解し、これに立脚して公務を執行した場合に、仮に裁判所が当該公務員と異なる見解をとったために、公務員の右行為が事後的に否定的評価を受けることとなっても、少なくとも国家賠償法上、右公務員に過失があったということはできないと言うべきである。

2 昭和六二年五月一一日の接見拒否行為の故意、過失について

(一) 昭和六二年五月当時、K検事が採っていた右一1(二)の見解に副う学説(捜査全般説)が相当の根拠をもって有力に主張され、裁判例もまた確たるものは存在せず、警察官が被疑者を取調べ中であった事案について判断した最高裁判所昭和五三年七月一〇日第一小法廷判決の評価、解釈についても種々の見解が示される中、検察実務は捜査全般説に基づいて運営されていたのであって、右最高裁判決の判文から直ちに限定説が導き出され、それが確立していたというような状況ではなかった。

(二) このような状況を踏まえると、本件において、K検事は、接見指定権行使の要件に関する法律解釈が分かれ、実務上の取扱も分かれている中で、それ相当の根拠のある一方の見解を正当と解し、これに立脚して公務を執行したものであって、同検事のその行為に国家賠償法上の故意又は過失がないことは明らかである。

四 原告の損害について

1 刑事手続上の機関ともいうべき弁護人等が刑事手続上の権利の行使を妨害されたことから生じた損害の賠償を個人として請求できるいわれはない。検察官の接見指定権の行使については、準抗告の申立等によりその是正を求めることこそ、弁護人としての当然の職責であって、これによって諸々の負担が伴ったとしても、それは、弁護人としての通常の範囲内のものであり、弁護人個人につき国家賠償法上特に金銭で慰謝されなければならない程の精神的苦痛が生じているとは到底言えないのである。

2 原告は一般的指定書が作成、交付されていることを知り、また具体的指定書の持参を求めるという検察実務を知りながらK上検事と協議しようとしなかったのであるから、その結果については原告自ら負担すべきものである。

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